もうボランティアや物資援助は退く時

被災当初は、特に医療関係のボランティアや物資援助などは本当に効果的であったと思う。ただ、実際に自分がボランティアに入って、もうボランティアや援助物資は退く時だと感じた。少なくとも南相馬からは。瓦礫撤去なども含めて本来は被災者が担える責任と仕事をボランティアが横取りしてしまっている部分もある。瓦礫撤去費用(政府予算)として南相馬市に11億円ついている。これらは大手建設会社がとってしまう構造。そうでなくて数年かかってもいいから、職を失った被災者に日当を払って分別などさせる方がよっぽど復旧効果が高いと言っていた市長。一番重要なのは、雇用の確保。現時点で新たに生じている雇用といえば、震災からの復旧、生活の維持のための活動がほとんどなのだから、そこをいつまでも無償のボランティアが占拠してしまうと、経済活動への転換を阻んでしまう。避難所の運営、在宅支援、すべてボランティアより入居者や現地の人の方がいいことは明らか。仕事を失った人がただ避難所で座っていなさい、仕事は他の人(ボランティア)がやりますというのはむごい話だと思う。アフリカの援助と一緒。災害時の緊急援助は保持する必要があるが、その後の援助(人・物)はなにより現地の産業の育成を阻み、現地の雇用を奪う。アフリカでもそうだったが、援助されている側は「ありがとう」という。ボランティアはそれを誤解してはいけない。ボランティアには自分の経験知を増やすために行くのであって、間違ってもだれかを助けていると思わないように注意しないと。繰り返すがこれはすべてのボランティア活動に言えることではない。内容や現地入りの時期によってボランティアは復旧、生活維持の要である。またボランティアに行こうという気持ちを否定するものでもない。そういう気持ちがなければ、真の仕事はできないし、そういう「気持ち」を持たない社会は悲惨である。ただ、今時点(4月下旬)において、現地に対する本当の援助は、住民が自分たちの手で仕事を持ち(取り戻し)、自分たちで立ち上がることを邪魔しないこと、そう感じている。

ボランティアの立ち位置(助け合いジャパン 湯浅室長より)

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